H25-27 科研費基盤研究(B)(一般)

「高速分圧抵抗スイッチング電極による脳深部信号の計測」

 

研究チーム

牧川 方昭

立命館大学理工学部

研究の総括、高速分圧抵抗スイッチング計測システムの開発研究

岡田 志麻

近畿大学理工学部

事象関連電位の計測精度向上への応用

塩澤 成弘

立命館大学理工学部スポーツ健康科学部

インナーマッスルの筋電図の分離

坂上 友介

立命館大学大学院理工学研究科DC3

高速分圧抵抗スイッチング電極回路の開発

 

概要:

生体内電気信号の電極とグラウンドの間に設置した分圧抵抗値を切り替えることによって、信号源の電圧だけでなく、信号源の深さに関する情報を取り出すことができる.

本プロジェクトの目的は、「分圧抵抗の高速スイッチングにより、脳深部電気活動を3次元で実時間に計測する」ことであり、研究では、頭皮に配置した皮膚表面電極とグラウンド電極の間に異なる抵抗値の抵抗(分圧抵抗)を複数設置し、これを高速にスイッチングする(高速分圧抵抗スイッチング電極)システムを開発し、得られた脳深部の信号源の電圧ならびに深さ情報から脳内電気信号の3次元分布を可視化する方法を明らかにする.

 

研究の学術的背景:

心電図などの生体電気現象の計測に際には、高い入力インピーダンスを有する増幅器で信号を受ける必要があるとされてきた.これは、生体信号源から増幅器に向かって電流が流れると、組織抵抗などによって電圧降下が起こり、結果として増幅器が受ける電圧が小さくなるためである.しかし、信号源から電極までのインピーダンスは信号源が深く位置する程、大きな値を有するので、このインピーダンスの大きさ情報が取り出せれば、信号源の深さを知る手がかりとなる.

一方、半導体技術の進歩により、OPアンプの入力インピーダンスは数のオーダに達しており、1に示すように、電極とグラウンドの間に適当な抵抗を設置すれば、プリアンプに入力される電圧は、信号源電圧をこの抵抗値と組織抵抗値で分圧された電圧となる.

今、この分圧抵抗の値を高速で変化させることが出来れば、信号源の電圧情報だけでなく、深さ方向の情報も同時に取り出すことができる、これが本提案である「分圧抵抗の高速スイッチングによる生体深部信号の計測」の原理である[1]

[1] ヒト心身状態の計測技術、牧川方昭他、コロナ社、2010

 

研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか:

本研究の最終目標は、2に示すように、分圧抵抗の高速スイッチングによる生体深部信号の計測技術を用い、脳深部の電気活動を3次元で実時間に計測することのできるシステムの実現であり、高速分圧抵抗スイッチング電極システムの開発と、得られたチャンネル毎の電圧−深さ情報からの生体内電気信号源の3次元分布の再構成方法の開発を研究目的としている.

この高速分圧抵抗スイッチング電極システムについて,信号源が1つの場合を3a)に示す.この場合、信号電極とグラウンド電極の間に設置する分圧抵抗RiR1R22通りに切り替えた場合に信号電極上の電圧Vo1Vo2が観測されたとすると、この分圧抵抗値と観測電圧から、信号源電圧Vs、内部抵抗値Rbを求めることができる.

この時、生体内部の導電率が一様であると仮定すると、内部抵抗は信号源から信号電極までの抵抗値Rb1とグランド電極までの抵抗値Rb2の和で表されるので、信号源は、図3b)の破線のRb1+ Rb2= Rbとなる曲面上に存在することになる.今、簡単のため問題を2次元に限定すると、信号源電圧Vsが電極上で観測電圧Voiを示すような破線曲線上での位置を特定することができる.3次元の場合には、信号電極をもう1つ設定することで、信号源の電圧とその位置を特定することができる.

また、4に示すように、信号源が2つの場合は、分圧抵抗Ri4通りに切り替えることで、信号源電圧Vs1Vs2、ならびに内部抵抗Rb1Rb2を計算することができる.一般に、信号源がn個の場合には、分圧抵抗を2n種類に切り替えることで、n個全ての信号源電圧と内部抵抗を特定することができる.従って、信号電極とグラウンド電極の間に設置する分圧抵抗値を瞬時に2n通りに切り替えることによって、n個全ての信号源電圧Vsiと内部抵抗Rbiを同時に特定する.また、この信号源電圧と内部抵抗の情報を使用することによって、図3b)に示した方法によって、個々の信号源の電圧と位置を推定することを可能にする.

5は、本提案にさきがけて試作した分圧抵抗510Ω2チャンネルシステムの結果であり、分圧抵抗値を510Ωと分圧抵抗なし(∞Ω)にスイッチングすることによって記録した頭部O2-A1間の脳波の時間波形である.被験者には、開眼状態から閉眼することを求めたもので、図に示されるように、分圧抵抗を接続することで、脳波信号の振幅が減衰していることが分かる.表1は、同方法で求めた2ヶ所の脳波誘導位置、すなわちO2-A1間ならびにC4-A1間の内部抵抗値を示したものである.表に示されるように、推定信号源は視覚野の位置する後頭部に偏位しており、開眼と閉眼で位置がずれていることが分かる[2]

また本研究では,高速分圧抵抗スイッチング電極システムの応用として、1)事象関連電位の計測精度の向上への応用、2)インナーマッスルの筋電図の分離、の2つを試みる.事象関連電位を求めるためには20回以上の計測波形の加算平均を求める必要があったが、信号源の深さを同時計測することで、加算回数を減らせることが期待される.また、インナーマッスルの筋電図計測には従来、釣り針電極など、侵襲的な計測方法が用いられていたが、本方法によって、非侵襲的な計測が可能となる.

[2] 体表面電位から身体深部の発火位置と電位を推定するための抵抗分圧を利用した計測システムの開発、坂上友介他、生体医工学シンポジウム2012抄録集、pp.3422012

 

当該分野における本研究の学術的な特色及び予想される結果と意義:

本高速分圧抵抗スイッチング電極システムでは、脳波を対象としており、ポジトロン断層法(PET)、f-MRI、光機能画像法(NIRS)で問題となっている、反応を得るまでの時間遅れと時間分解能の点を解決しうる.また、本システムでは、大がかりな設備を必要としないため、脳磁図(MEG)計測で要求される頭部固定の必要がなく、また、電磁場を出す可能性のある電子機器がある状態での計測が可能となる.

一方、脳内電位発生源の推定方法としては双極子追跡法がある.しかし、1つの電位発生源の推定に21個の電極が必要である.更にこの方法では2つの電位発生源の特定が限界であることが明らかとなっている[3]が,本システムでは推定電位発生源の個数を飛躍的に増加させることができる.

本システムの特色は、1つの電極から信号源の電圧情報だけでなく、その深さ情報も同時に計測しようとするところにあり、脳内活動の計測精度が飛躍的に向上することが期待できる.本システムの実現によって、脳科学は大きく進展すると考えている.

[3] 本間三郎:脳内電位発生源の特定:脳波双極子追跡、日本評論社、1997

 

研究計画・方法:

研究期間内には、@ 高速分圧抵抗スイッチング計測システムの基礎研究と、1つの電極に対する計測システムの開発、A 複数(20チャンネル)の電極に対する高速分圧抵抗スイッチング計測システムの開発、B 脳内電気信号の3次元分布の推定法の開発、C グラウンド位置の高速切り替えによる体内電気信号分布断層計測精度の向上、D インナーマッスルの筋電図の分離への応用、E 事象関連電位の計測精度向上への応用、の6つの研究項目を実施する.この内、平成25年度には項目@の内のシステム開発と、Aの高速分圧抵抗スイッチング計測システムの開発までを実施し、平成26年度以降では項BCの深部信号分布の3次元推定へ展開と、項目DEの応用研究を実施する.

@ 高速分圧抵抗スイッチング計測の基礎研究と、1つの電極に対する計測システムの開発

研究初年度に開発する1つの電極を対象とした高速分圧抵抗スイッチング計測システムの概要を6に示す.図に示されるように、高速分圧抵抗スイッチング計測システムを実現するためには、アナログマルチプレクサ(AMPX)と、切替信号をこのアナログマルチプレクサに送るためのDIODigital Input/Output)ボードが必要となる.

また、7のフローチャートに示すように、DIOによる抵抗選択→A/D変換実行→DIOによる次の抵抗選択→A/D変換実行・・・を繰り返す必要がある.そのため、A/D変換器とDIOを直接コントロールするソフトウェアの開発も研究課題の1つとなる.ここでは、4つの抵抗を切り替えるハードウェアの開発を実施する[2]

この研究項目のもう1つの大きな課題に、分圧抵抗の選び方がある.分圧抵抗値としては、RG = ∞(抵抗なし)と、生体組織抵抗付近で変化させることが適当と考えているが、様々な抵抗値RGと信号源の深さによって、生体信号の振幅がどのように変化するのかを精査する.

なお、脳波信号の周波数帯域は最大100Hz程度であるため、スイッチング制御に問題は生じないと考えているが、PCWindowsなどのマルチOSを基本ソフトとしているため、多重割り込みがかかり、分圧抵抗切替信号とA/Dコマンドのタイミングを正確にコントロールすることは難しい.切替タイミングに問題があることが判明した場合には、マイクロプロセッサ基板を使用し、機械語レベルで精密な切替コントロールを行う.

A 複数(20チャンネルを想定)の電極に対する高速分圧抵抗スイッチング計測システムの開発

1チャンネルの高速分圧抵抗スイッチング計測システムの開発に引き続いては、20チャンネルの高速分圧抵抗スイッチング計測システムの開発研究に着手する.20チャンネルとする理由は、脳波計測で一般的な10-20法に従った頭皮20点への電極装着を想定しているためである.チャンネル毎の分圧抵抗の個数としては、前述の1チャンネル当たり4個を想定しており、20チャンネル×480個の脳波信号を得ることが出来るシステムを開発する.

なお、雑音に埋もれる等の理由で分圧抵抗が4通りに選択できない場合には、双極子追跡法[3]に従い、複数の電極から得られた信号源電圧と内部抵抗情報を組み合わせることで、信号源の3次元分布を推定するが、この場合でも、これまでの双極子追跡方法の精度を飛躍的に向上できると考えている.また、上記研究項目@と同様に、分圧抵抗切替タイミング、A/Dコマンドのタイミングに問題が生じる場合には、マイクロプロセッサ基板を使用した専用基板を開発し、機械語レベルで精密な切替コントロールを行う.

B 脳内電気信号の3次元分布の推定法の開発

n個の脳内信号源を仮定した場合を8に示す.ただし、脳内信号源を電圧Vsjの電圧双極子とし、信号電極-信号源間抵抗をRbj1、グラウンド電極-信号源間抵抗をRbj2とし、j=1,2,...,nである.今、分圧抵抗Riを信号電極とグラウンド電極間に設置した場合に信号電極で電圧Voiが観察されたとすると、、が成立する.従って、分圧抵抗Ri2n種類に変化させた時の信号電極電圧Voiを得ることで、信号源電圧Vsj、両電極-信号源間抵抗の和(Rbj1+Rbj2)を全て特定することができる.更に、先の2に示したように、各々の信号源電圧が電極に与える電圧の総和が電極電圧になることから、脳内の組織の導電率が一様であると仮定すると、最小二乗法を用いることで、各々の信号源位置と電圧を特定することができる[3]

この研究項目では、前年度開発した20チャンネル/4種の分圧抵抗から構成される高速分圧抵抗スイッチング計測システムを用いた80個の脳波データから、脳内の電気活動の断層像を推定するソフトウェアの開発を行う.ただ、分圧抵抗の種類数2nには限界がある.信号源分布の推定に際しては、双極子追跡法に従い、最小二乗法によって、各電極に現れる電圧が最も説明可能な分布を推定する.

また、実際には脳内の導電率は一様ではなく、信号源と電極の間には表皮組織、頭骨、血管、脂肪層などの組織が介在し、インピーダンスは一様ではない.このような不均一なインピーダンス分布の下で脳内電気信号がどのように電極表面に現れるのかをコンピュータシミュレーションし、80個の脳波信号からの脳内電気活動の3次元再構成プログラムの開発を行う.

以上の脳内電気信号の3次元分布の推定結果の妥当性の検証に関しては、本学スポーツ健康科学部に設置のfMRIを使用し、fMRIによる脳内活動分布計測像と比較する.また、これまでの研究で明らかとなっている様々な脳研究成果、疾患研究結果と比較し、その妥当性を検証する.

C グラウンド電極の高速スイッチングによる体内電気信号分布断層計測精度の向上

通常、脳波計測では、耳朶をシステムグラウンドとしてきた.本研究では、9に示すように、頸部一周あるいは額の高さの頭部一周をグラウンドとするなど、新しいグラウンドの取り方を検討する.グラウンドの設置位置によって計測された生体電気信号は大きく異なることが知られている.本提案では、生体内信号源の位置の特定を目的としており、頭部を一周するグラウンドを設置することで、物理的な頭部座標系と電気的な座標系の位置関係を明らかにできる.

信号電極の分圧抵抗切替と同様に、このグラウンド電極に関しても、アナログスイッチによって、複数のグラウンド電極を高速に切り替える.この操作によって、例えば特定の信号が額位置より上にあるのか、下にあるのかなどが明らかにできる.グラウンド電極の高速切り替えによって、高速分圧抵抗スイッチング計測システムから得られる情報は増大する.

D インナーマッスルの筋電図の分離への応用

1つの電極また、システムの開発に引き続いては、インナーマッスルの筋電図計測への応用を検討する.従来、インナーマッスルの筋電図計測のためには、釣り針電極をインナーマッスルに直接刺すなど侵襲的な計測であり、被験者に大きな負担を課するものであった[4].本高速分圧抵抗スイッチング計測システムによって、大きな分圧抵抗に対しては、表層筋と深層筋の筋電図の重畳した筋電図信号が得られ、小さな分圧抵抗によって、深層筋の筋電図を小さく計測することが出来るため、その差から深層筋の筋電図が分離できる.

特に、表層筋と深層筋の位置と運動点は既知である.そのため、信号源の個数を筋肉の個数に限定できるだけでなく、予め、信号源位置をある程度仮定することができる.

ただし、脳波に比べ、筋電図の周波数帯域は広いので、分圧抵抗の切替周波数をどこまで上げることができるかも本研究項目の重要な課題である.

 [4] 木村淳,幸原伸夫:神経伝導検査と筋電図を学ぶ人のために,医学書院,2003

E 事象関連電位の計測精度の向上への応用

事象関連電位とは、光や音、あるいは自発的な運動といった. 特定の事象に関連して一過性に生じる脳電位であり、ヒトの高次認知機能を解明する上で有用な情報を与えてくれるため、近年注目されている事象関連電位である[5]

ただ、この事象関連電位は複雑に変化する自発電位に重畳するため、事象関連電位を求めるためには、同じ刺激に対する脳波の20回以上の加算平均が必要であった.

本方法によれば、脳電位信号と同時に信号源の深さ(位置)に関する情報も同時計測できるため、位置情報を手がかりに個々の記録波形内の事象関連電位の有無などの判別も計測することが可能である.そのため、加算回数を減らす、あるいは、事象関連電位そのものを実時間に導出する可能性もあると考えている.

[5] 栢森良二:神経伝導検査テキスト、医歯薬出版、2012